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大正編
新聞記事
徳島新聞
1998年7月20日掲載
執筆者 石川文彦
寛容な警察

踊る者あれば“許可”

 大正七(一九一八)年は、五月に徳島市制三十周年の祝賀踊りが開催されたものの、盆踊りは中止された。


熱狂ぶりがうかがえる大正中ごろの踊り。踊り方は現在とほとんど変わらない(紺屋町で)

 七月二十三日付徳島毎日新聞にこの夏の「盆踊黙認」の記事が出るが、ちょうどこの日、富山県魚津で米騒動が発生。八月に入ると全国に飛び火し、十日には名東郡新居村(今の徳島市不動)の米穀商宅が襲われる事件があった。徳島市役所では外国産米を購入し、原価で販売するなどしたが収まらず、金品強奪事件も多発した。こうした不穏な情勢のため「エライ奴じゃでもあるまいと、昨日一先(ひとま)づ中止の御達」(徳毎八月十五日)があり、そのまま開催されることはなかった。

 ■願い人なし■

 八年は八月九日から三日間、通常通り開催されたが、願い人として有名だった明常太郎が亡くなる直前に挙行された九年の盆踊りは、警察に願い出る者がいないまま踊りが開催された。

 この年は八月二十七日からだったが、徳島日日新報は二十六日付で「盆踊が来た」のタイトルで「代表者の届け出が無いからとて、警察は慣行差し止めにはせぬ。踊る者があれば無論、黙認する方針」と伝えている。

 願い人がいなかった背景には、不景気もあるが踊りに対し物分かりのよい警察幹部がいたことがあげられよう。二十四日付徳日の短評欄「筆の雫」には「今の警察部長や前田さん(署長)時代だもの。願はぬとて三日間は踊り次第と極(きま)って居ると太平楽を極めて居ると大間違ひだぞ」として、次のように書いている。

 ■大いに弾む■

 「ソラ何んでか…踊りたけら三日間は愚(おろ)か十日でも二十日でも許してやる。踊らすには五十歩百歩だと、ドン腹の太い山口警察部長が言明して居たとか。夫(そ)れを聞いた前田署長、否々それではまだ徹底せん。僕の意見は何日間昼夜づッ通しに、腰が抜けても足が折れても、踊らねば承知せんといふ条件付で許可して見たい。ソコまで徹底的に得踊らぬ者には許可せぬとする。
如何(いか)な天水連(踊り好きの人たちのこと)でも人間の身体だ。金や石じゃないからきっと参ってしまうに違ひない…と、そこまで盆踊を大負けに負けられては大変だといよいよ面喰って居るが、左様ならヤケで一番此方から願い下げと出やうかナ」

 こういった調子だから、踊りは割合自由で、大いに弾んだ。それでいて事件、事故は少なかった。

 またこの年は盆踊りのほか、四月九日から三日間、通町の戎(事代主)神社の落成で徳島市内全域踊り放題に。九月には、この年初めて行われた国勢調査を宣伝するため、十七日から二日間、変装、にわかなど何でも自由な阿波踊りが開催された。


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