阿波おどり
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新聞で見る阿波おどり

昭和編
新聞記事
徳島新聞
1998年7月29日掲載
執筆者 石川文彦
観光資源

開催日は4日間に

 昭和三(一九二八)年から十一年まで、阿波踊りの願い主は徳島商工会議所と徳島観光協会が務め、実質上の主催者となった。踊りを観光資源として不景気を吹き飛ばそうという趣旨に警察もこたえ、黙認ではなく積極的に許可するように変わった。

 ■全国に放送■

 新聞も四年以来、毎年阿波踊り特集を組み、有名人が見物にやってくると現在のように大きく取り上げた。


昭和8年のビラ。戦前は、新作の「阿波踊り歌」がたびたび発表された

 こうして阿波踊りは全国的に有名になり、五年には女優の牧野智子さんら一行がやってきて、踊りを背景に時代劇の映画撮影があった。また、松竹楽劇部ではレビューに阿波踊りを取り入れ、東京、大阪など各都市で公演、紹介した。

 八年七月には徳島放送局(現在のNHK徳島)が開局、毎年のように全国中継した。

 踊り期間は、四年以降一日増え四日間となった。
阿波踊り宣伝のために生まれたといわれる徳島観光協会は、七年に新町川が見渡せる塀裏埋め立て地(現在の南内町)に審査場とともに、県外客のために長さ百メートルにわたる特別見物席を作り、徳島駅前や中洲の休憩所と合わせて、計十五人のサービスガールを配置してお茶などの接待に当たった。

 同協会は翌年、徳島市役所前にも県外客向けに大桟敷席を設置している。

 また、踊り手確保にも努力した。審査場は四年から設けられ、十一年には、全部で七カ所に拡大した。審査場ができてからは、踊り子たちは各審査場へ順番に繰り込み、乱舞を披露した。

 七年八月十二日付の徳島毎日新聞によると、審査場では踊り子に対し優勝旗を手渡したほか「酒は飲み次第の設備をなしあり。尚抽選の結果、一等正味四斗米俵(三本)二等五圓(えん)債券(三本)三等市営及市街自動車回数券(十二本)等外反物、手拭(てぬぐい)、雑貨等當選(とうせん)の空籤(くじ)なしといふ大景品附きでより以上の人気を添へる」ところも現れた。ただ酒飲み放題の企画はあてが外れ、踊り子にいくら勧めても酒にはほとんど手を出さなかったそうだ。

 ■潤う観光面■

 現在と規模は違うが、観光客は年ごとに増加し旅館や交通機関は潤った。鉄道は車両を増やし、汽船は臨時便を出して乗客をさばいた。七年の徳島鉄道の場合「四日間に四万六千七百二人、一万一千四百二十二圓の収入をあげ、昨年の盆に比較して九千五百五十五人、三千五百三十一円の増加を示し、(踊り前日の)十三日まで毎日赤字を出してゐたものが、十四日から一躍黒字」となったほど。

 翌八年には九月三日からの三日間だけで、五万二千三百六十二人とさらに増えた。汽船は「船室にあふれた客が船員の寝室から甲板にまでズラリと並び、押すな押すなの超満員」。映画館は連日大入り袋が出され、花街は芸者が足りなくなる“箱切れ”の盛況ぶり。「かくて全日本に誇る気狂踊りの阿波名物盆踊りは幾多の喜びを各方面に投げかけた」(以上大阪朝日徳島版)。


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